信玄の隠し湯 変わらぬ効能
戦国時代、甲州に勢力を張った武田信玄の“隠し湯”の1つとして、下部温泉は古くから知られている。武田軍団の勇名の陰には、傷ついた将兵の回復に、隠し湯の存在が大きかった。切り傷、ケガ、骨折などに大きな効果をあげる温泉は、貴重な存在であった。
富士川にそそぐ下部川に沿って展開する下部温泉は、武田信玄公からの歴史を秘め、骨折やケガの後保養の名湯といわれ、今日でも湯治に訪れる人が多い。
「あ、お相撲さんが来ているよ」
ある年の冬に、雪をかぶった下部温泉へ訪れたら、数人の付け人をつれたある関取が、湯町を歩いているのに逢(あ)ったことがあった。数場所前にケガをして休場に追い込まれたその関取は、下部の湯に湯治をして、順調な回復をみせていたのであった。
ケガをした運動選手がリハビリをかねて、湯治に来ることも多い。
湯の効果は、昔も今も変わらない。私の父母も晩年はリウマチで苦しんでいたが、下部で湯治をすることによって、随分楽になっていた経験もある。武田信玄公の隠し湯は今日でもりっぱにその機能を発揮している。
温泉は単純温泉。源泉は28~34度。体温より低いが、その源泉にじっと入って上がると、後で身体がほてってくる。加熱した湯も用意されているし、内臓関係には飲み湯の効果もうたわれている。山梨県の今日でも大切な湯治・保養の温泉地の1つになっている。
(野口冬人・旅行作家)