湯煙ごしに雄大な岩手山
南に岩手山、北に安比、西に十和田八幡平国立公園と、山々に抱かれた裾野(すその)に、松川地熱発電所の巨大な冷却塔から噴き出すダイナミックな白い蒸気が立ち上っている。地下水を蒸気に変えるマグマの勢いを実感させてくれるのが八幡平の南麓(ろく)の松川温泉である。白濁した重そうな湯に浸(つ)かっていると、日頃の疲れが吸い取られて確かに充電してくるのがわかる。
松川温泉から、トドマツやブナの樹海を縫うように走る樹海ラインを山頂近くまで登っていくと藤七(とうしち)温泉。標高1400メートルに湧(わ)く湯は、麓(ふもと)の松川温泉よりさらりとした感触で色も乳白色のやや透き通った感じ。周辺は自然あるのみ。八幡平のいかにも火山といった厳しさと雄大な岩手山を湯煙ごしに眺めていると、日頃の悩みや苛立(いらだ)ちなどみんな小さなことに感じられる。気が大きくなったところで、樹海ラインからアスピーテラインを秋田側に入ると後生掛(ごしょがけ)温泉やトロコ温泉、岩手側に進むと御在所(ございしょ)温泉へと続いている。
高層湿原のブナ林を歩き、山頂の遊歩道で雄大な景色と可憐(かれん)な高山植物を楽しみ、ここでは時間がゆったり過ぎていく。30年前、初めての温泉経験が八幡平。それから世の中は忙しくなりすっかり変わってしまったが、ここは周辺の道路こそ整備されたが、自然のやさしさも厳しさも、言葉少なではあるけれど「よく来たなぁすぅ」と精一杯温かく迎えてくれる人々の素朴さも昔のまま。だからつい“帰る”感覚でリピーターになってしまう。
(吉永みち子・ノンフィクション作家)