散策で歴史ロマンに浸る
桂川に沿って古い日本家屋の温泉宿が続き、2階の手すりに手ぬぐいが風に揺れる。赤い桂橋の鮮やかすぎる色が新緑の中に浮かび上がる様も、しっくり馴染(なじ)んでいる。
桂橋から竹林の小径(こみち)をのぞくと、つい散策してみたくなる。そういえば修善寺に行くと、実によく歩く。弘法大師が仏具の独鈷(とっこ)で川の岩を叩(たた)いて湯を湧(わ)き出させたという、温泉誕生伝説の場所である「とっこの湯」、修禅寺、指月殿などが歩いていける範囲に集まっていて、モノグサの私でも徒歩で回るしかない。温泉客でにぎわう町並みからすっと身を引くと、静寂に包まれた修禅寺の境内。若くして政争に敗れ、この地に幽閉された源頼家の悲劇を描いた「修禅寺物語」の世界をさまよい、足は鎌倉時代にまで伸びる感じ。手は境内の飲む温泉水に伸びる。
日ごろの数倍もつい歩いて疲れた身体に、61度のアルカリ性単純泉はぴったり。じわじわと、今日の歩き疲れも、たまった蓄積疲労も溶け出していく。筋肉痛も関節痛も確かにやわらぐ。夜も更けた露天風呂で、そういえば源頼家は筥湯(はこゆ)に入浴中に北条の手の者に暗殺されたんだっけな……などと思い出して、びくっと背後をふりかえったりするのも昼間の散策の名残か。筥湯といえば、かつてたくさんあった外湯が共同浴場「筥湯」として復活。筥とは竹などで編んだ丸い米を盛る器だそうだが、木の香漂う四角のお風呂は350円。昨秋の台風で囲いが流れてしまった「とっこの湯」も20日、再び開湯のはこびだという。
(吉永みち子、ノンフィクション作家)