やわらかな硫黄泉、あふれる
野沢といえば、イの一番に野沢菜を思い出す人も多いだろう。30余りもある泉源のひとつ「麻釜(おがま)」では、今でも村人が濃い湯煙に包まれながら野沢菜をゆがく姿がみられる。昔から野菜を麻釜の湯でゆがくと風味が増すといわれてきた。
野沢は奈良時代の高僧行基によって発見されたという古湯で、江戸時代に飯山藩主が別荘を建ててから、庶民の湯治客も増えだしたという。
野沢温泉村にはその頃(ころ)から続く「湯仲間」という町内会組織があって、村人の共有財産としての13の外湯が守られてきた。
実は温泉巡りの醍醐味(だいごみ)は外湯なのである。今流行の日帰り公共温泉のことではなく、古くからの共同湯のことだ。
温泉街の中央に湯煙を上げる「大湯」は野沢のシンボルといっていい。野沢で最も歴史のある外湯で「惣湯(そうゆ)」とも呼ばれていて、江戸時代の伝統を受け継いだ惚(ほ)れ惚(ぼ)れとする湯屋造りの浴舎なのだ。
外観の堂々とした造りの割には風呂場そのものは狭いが、自然湧出(ゆうしゅつ)のやわらかな硫黄泉が湯船からふんだんにあふれ気持ちのいいこと。
私の一番のお気に入りは温泉街の外れにある「中尾の湯」。ここも木造の風格ある浴舎で、しかも風呂はゆったりしている。湯元は麻釜だ。より湯質を極めたければ「真湯」や「熊の手洗い」がいいだろう。
野沢のよさはバスが乗り入れられない点だ。坂の多い路地を浴衣姿で外湯巡りをするにはもってこいの条件である。
(松田忠徳・札幌国際大教授)