明治時代にタイムスリップ?
今は亡き往年の大スター、高峰三枝子と上原謙がモデルとなって、旧国鉄のフルムーンのポスターがここで撮影されて以来、法師温泉の名は一躍全国区になった。
その2人が混浴した鹿鳴館風の大浴場は何度訪れても斬新だ。明治28年に建てられたこの混浴の大浴場、杉の梁(はり)にブナやモミジなどの板が使われた純和風の湯殿なのだが、木枠の窓が粋なことに洋風のウインドフレームときている。
田の字形の大浴槽に敷き詰められた玉石の間から、42・9度の石膏(せっこう)泉が自然湧出(ゆうしゅつ)してくる。水1滴加えず沸かすことなくそのまま適温となる法師の湯は、究極の温泉といっていいものだろう。実際、熟成されたまろやかな湯の感触に酔いしれてしまった。
一軒宿、法師温泉「長寿館」の歴史は古い。平安時代の行脚僧、弘法大師が巡錫(じゅんしゃく)の折にこの名湯を発見したと伝えられる。その頃とそう変わらない清流が敷地内を流れる。そう思わせるほどの心の琴線に触れる川音なのである。
標高800メートル、三国峠の山懐に抱かれた法師に引きつけられて、文人墨客がここに滞在した。与謝野晶子・鉄幹、直木三十五、河東碧梧桐、川端康成……。
明治8年に建てられた本館を見ると江戸時代の旅籠(はたご)にでも来たような錯覚に陥るが、与謝野晶子・鉄幹夫妻が逗留(とうりゅう)した部屋などは、吹き抜け風の惚(ほ)れ惚(ぼ)れする造りで、法師温泉の品格を12分に垣間見させてくれる。
(松田忠徳・札幌国際大教授)