街の中心 「駒子の湯」
「あっ」という間に国境のトンネルは抜けた。「国境のトンネルを抜けると雪国であった」の川端康成の旅情にひたっている暇はない。新幹線は速いのである。温泉街を見おろす。びっしりと家並みが温泉街を埋めつくしている。ようやく遅い越後の春がかえってきて、山脈の緑も色彩が濃くなってきていた。湯街のはずれを流れる魚野川は、上越連峰から雪溶け水を多量にはこんでいた。
町中には共同浴場がいっぱいある。まず列車を降りた駅の構内プラトー・ゆざわの施設の中に、酒風呂が名物の「ぽんしゅ館」がある。早速入浴の誘惑にかられるが、これは帰りの列車の待ち時間用にとっておいて、町中へ出る。
『雪国』のヒロインの名を付けた「駒子の湯」が湯街の中心にあり、そのほか「江神共同浴場」「コマクサの湯」「山の湯」「岩の湯」などがある。ひと通り巡るだけで1日仕事だ。どれか一つということで「駒子の湯」に入ったあと、歴史民俗資料館をのぞく。雪国の生活を偲(しの)ぶ民具、農具が集められているほか、駒子のモデルとされた芸妓(げいぎ)松栄さんの写真や三味線の箱などが展示されてあった。
すぐ隣がロープウェイ駅。166人乗りというゴンドラにゆられて山頂の「アルプの里」を訪ねる。ゴンドラから越後湯沢の温泉街が手に取るように眺められる。山頂には小池を巡って遊歩道がある。6月から7月にかけて、クロユリ、タカネナデシコ、コマクサなど数多くの高山植物が、次々と花を咲かせる。ヒマラヤの幻の花、青いケシも植えられてあるというが、私には幻のままであった。
(野口冬人・旅行作家)