賢治もぞっこん大露天風呂
川沿いに温泉が点在する花巻南温泉郷は、湯治場としての歴史も古く、風情ある湯宿から近代的な大型ホテルまで個性豊かだ。なかでも歴代の南部藩主に受け継がれてきた大沢は、宮沢賢治や高村光太郎ゆかりの一軒宿の温泉として知られる。
賢治の故郷、花巻は東北でも屈指の温泉地帯で、幼少のころから父親に連れられ大沢をよく訪れたという。花巻農学校の教師時代にも学生を連れて河畔の露天風呂に浸(つ)かるほど、大沢はお気に入りだったようだ。
大沢温泉は鉄筋4階建ての新館「山水閣」、築200年以上といわれる「自炊部」、南部藩主が定宿としていた築150年の茅葺(かやぶ)きの別館「菊水館」から成る。これらの建物が渡り廊下を介して延々とつながる巨大な旅館で、館内に6か所もの浴場がある。湯量に恵まれているのである。
賢治が幼少のころから親しんだ露天風呂は、大沢の顔ともいえる自炊部にある混浴の「大沢の湯」だ。豊沢川の瀬音をBGMに澄明な湯があふれる大露天風呂に浸かる。硫化水素のにおいがかすかに香り立つアルカリ性の単純泉である。賢治がぞっこんだった肌にすべすべの大沢の湯は、現代の女性をも虜(とりこ)にするに違いない。
東京大空襲直後、花巻に疎開した高村光太郎が、「本当の温泉の味がする」と評した当たりのやわらかな大沢の湯に浸かりながら、雪の山を背負った茅葺きの菊水館のあるのどかな風景に心洗われる思いで見入ってしまった。
(松田忠徳・札幌国際大教授)